起業家のストレスとメンタルヘルス不調を防ぐ方法

起業家のストレスとメンタルヘルス不調を防ぐ方法

起業や新規事業立ち上げにあたり、周囲にメンタル不調の人がいたりメンタル不調になった人の話を聞いて、「自分もメンタル不調にならないためにはどうしたらいいのだろう?」と思っている起業家や挑戦者に向けて、起業家のストレスやメンタルヘルス不調、メンタルヘルス不調を防ぐためのポイントについて解説します。

起業家のストレスとは?

起業家のメンタルヘルス支援をする中で、よく聞くストレスや、つらさの共通点があります。
それは例えば、

・忙しいので睡眠時間が削られる、睡眠時間がガタガタになる
・周囲や家族の反対にあう、周囲や家族が応援してくれない
・事業の収益化がうまくいかない、資金がなくなる
・競合の参入や、市場獲得に焦る
・トラブルや大きな決断の際に、責任の大きさのプレッシャーが強い
・人間関係で、ステークホルダー間の意見の板挟みになる
・社員や共同創業者とうまくいかない、ついてこない、期待通りに動いてくれない
・忙しさでプライベートの人間関係が破綻する
・アクセルを踏みたい気持ちと、心のどこかでブレーキがかかっている感覚が同時にあり、葛藤して進まない
・常に強く元気に見せていないと応援してくれている人が不安になるので、弱音が吐けない

といったことだったりします。

いきいきと、自分の目指すビジョンに向かって、エネルギッシュに突き進む一方で、忙しく、責任を背負い、一人の人間として戦っている起業家の姿が見えてきます。

起業家のメンタルヘルス不調

いわゆる「メンタルヘルス不調」とは、神経発達の障害、アルコールや薬物の依存、PTSD、摂食障害や強迫性障害、パニック障害などの不安障害、統合失調症、そしてうつ病などの気分障害、パーソナリティ障害などの、精神的な病気や障害、そして病名がつくものだけでなく、ストレスや強い悩み・不安などにより心身に不調をきたしている状態も含んだ幅広い概念です。
診断がつくメンタルヘルス不調、メンタルヘルス疾患に限定していうと、日本の大規模な疫学調査では、一生のうちになんらかのメンタルヘルス疾患を経験する人は22.7%(4〜5人に1人)、うつ病を経験する人は5.7%となっています。

起業家のメンタルヘルスについては、メンタルヘルス不調を示す割合が高いことがいくつかの調査から言われています。
2017年の日本の調査では、起業家の37%に気分障害、不安障害の疑いがあり(一般人口の約7倍)、気分障害や不安障害を抱えている起業家が少なくないことが示唆されています。
2018年のアメリカの研究では、起業家の49%が何らかのメンタルヘルスの問題を経験し、特に、うつ病、双極性障害といった気分障害では、対称群(一般の人)と比較して有意に多かったとの報告があります。

メンタルヘルス不調のリスクファクター

どんな仕事上のストレスが精神疾患の発症に影響を与えるか、労災認定の観点から厚生労働省が定めている『精神障害の労災認定基準(心理的負荷による精神障害の認定基準)』というものがあります。これによれば、「会社の経営に影響するような仕事上のトラブルの対応にあたること」や、「恒常的な長時間労働(週40時間の労働時間を月に100時間超えてしまうような)」は、心理的負荷が「」、つまり精神疾患の発病の原因になるとみなされます。

起業家は多くの場合、会社の経営者として対応の一挙手一投足が会社の経営に影響してしまう責任の重さを抱えています。
また、自分の裁量で働けるため、土日や昼夜関係なく、休みなく働いた結果、普通の会社なら違法となるような月100時間以上の残業に相当する労働時間(月に20日稼働で毎日13時間労働、月に30日稼働で毎日8〜9時間労働)で働いてしまう方もしばしばいらっしゃいます。
そのような場合はメンタルヘルス不調を引き起こす可能性と隣り合わせであると言えるでしょう。

起業家は、従業員として働く方以上に、メンタルヘルスのケアを意識していただくことが望まれます。

起業家がメンタルヘルス不調を防ぐためのポイント

それでは、起業家がメンタルヘルス不調を防ぐポイントには、どのようなものがあるのでしょうか。

1)仕事の要求度-コントロール-サポートモデル(Johnson&Hall, 1988)で考える

JohnsonとHall(1988)という研究者は、仕事の要求度(仕事の量や質など)が高く仕事の自由度が低くサポートが少ないときに健康障害が発生しやすくなることを明らかにしました。
このことは、仕事の要求度-コントロール-サポートモデルとして知られています。

事業を起こす際には、やらなければいけないタスクの量も多く、難易度も高いことが多いでしょう。つまり、仕事の要求度が高い状態だと言えます。
そこで注目するのが「仕事の自由度」と「サポート」です。

起業家は多くのことを自分で判断するため、自由度が高いと言えます。
しかし、仕事を進めるうちに「やるべきこと」「やらなければいけないこと」にしばられて、自由を失ったように感じている人も多いようです。

もし、そういった窮屈さにしばられていると気づいた場合は、仕事や生活の中に自由を取り戻す要素を入れてほしいのです。
例えば、事業の判断で自分の意思を優先してみる、仕事の進め方を自由に考えてみる、たまには自分の自由に使える時間をとってみる、などです。
元々、事業も時間も、あなたがゼロから作り上げた自由なものであるとしたら、柔軟に変えられる部分はないでしょうか。

もう一つのポイントは「サポート」です。
サポートには、事業に対してアドバイスをしてくれたり、実際に手を動かしてくれるような実務的なサポートと、気持ちをわかってくれたり、慰めや癒しをくれるような情緒的なサポートがあります。
両方が得意な人というのは稀で、アドバイスをくれる人は情緒的な面では厳しかったり、気持ちをわかってくれる人は実務のことには詳しくなかったりするため、両方を別に持っておくと良いでしょう。
それぞれについて話ができるコミュニティーや人を持っておくと、精神面の安定につながります。

2)生物心理社会モデルで考える

ストレスやメンタルヘルス不調への対処法を、①からだ、②こころ、③環境、の3つの側面から考えてみます。

①からだを整える

起業家の体に関する訴えで最も多いのが、睡眠に関する相談です。
忙しくて眠る時間が確保できない、仕事のことを考えていると頭が覚醒してしまい眠れない、など要因は複数あるようです。

0→1を生み出す行為は、ものすごくエネルギーを使います。その脳のエネルギーをどこで補給するかというと、睡眠か栄養、ということになります。
忙しい時は仕方ないかもしれませんが、眠れる時は眠りましょう。
食事もカロリーを摂取すればいい、というものでなく、質の良い栄養素を取り入れましょう。

日中適度に体を動かしたり、午前中に日光を浴びることでも、夜間の健康的な睡眠が促されやすくなります。
忙しいとは思いますが、空いた時間に歩いたり体を動かしたり、日中の早い時間に外に出る機会を作るなど、長期的に事業を動かす資本となる体にも、時間的・物理的に投資していただくことをお勧めします。

仕事でやるべきことが気になって眠れない、というときには、眠る前に気になることを全て、メモの形で頭の中から外に出してしまうことをお勧めします。

工夫してみても眠れない、眠りたい時間に眠れないことが続いている場合は、迷わずメンタルクリニックを頼りましょう。
薬を飲んでぐっすり眠れるだけでも、回復は全然違います。

②こころを整える

起業家がこころを整える方法の一つは、視野を広く持ち、一歩引いた視点で考えるということです。
例えば、「弱いところを見せたら周りの人がついてきてくれないのでは、と思い、ネガティブなことを打ち明けられず、全部自分でやるので疲れてしまう」という相談の場合(よくあります)、カウンセリングではよく、『カウンセラーが起業家になり、相談者(起業家)が相談された周りの人の立場になってみて話を聞く』ということをしてもらったりします。
すると、弱みを打ち明けられた方は「自分が頼られている、頑張ろう」「この人の役に立てるなら嬉しい」とポジティブな感情を持つことも多く、それを体験した起業家は自分の悩みが杞憂だった、ということに気づいたりすることもよくあります。

また、「自分が判断に失敗したら、関わる人が全員路頭に迷ってしまう」と心配している起業家に、「仮に最悪の結果になったことを想像すると、どんなことが起こりますか?」「そしてそうなる確率は何%くらいあると思いますか?」などの質問をすると、「自分が一緒に仕事をしている人たちは皆優秀な人たちだから、もしそうなっても違う会社からのオファーが来るだろう」「最悪の結果が起こる確率は、よく考えると5%くらい」などと気づき、楽になる場合もあります。

もちろん、この例のようにうまく切り替わることばかりではありませんが、視点の転換、新たな視点を取り入れることで不安や心配や恐怖などが軽減することもよくあります。
例えば、「視点をずっと上に上げて、雲の上から悩んでいる自分を見たら、どう思うと思うか?」「5年前の自分から今の自分を見たら、何と言うか?」「5年後の自分が今の自分を振り返ったら、どう思うか?」「自分じゃなくて、知りあいの起業家が同じことで悩んでいるのを自分が外から見ているとしたら、どうしたらいい、とアドバイスすると思う?」などの視点を変える質問も、狭まっていた視点を広げて心のバランスをとるのに役立つことがあります。

また、「アクセルを踏みたい気持ちと、心のどこかでブレーキがかかっている感覚が同時にあり、前に進めない」という相談では、過去の経験や痛手が事業の進捗を止めてしまっていることもあります。
こういった相談は心理療法の得意とするところで、心理療法の技法を使いながら、葛藤を負荷の少ない形で取り除いていくことで、事業を前に進める勇気が湧いてきたという方も多くいらっしゃいます。

事業を進めていくと、一部の事業や人に関して、「諦める」「失う」「去っていく」などのフェーズがくることもあります。悲しみの感情は、人と分かち合うことで癒されます。分かち合える人を作っておくことも、こころを整える役に立ちます。

③環境を整える

環境については、やはりサポート環境をどれだけ用意しておけるかが、いざというときのメンタルヘルスの健康に影響します。
上記にあげた、事業の相談に乗ってくれる人、気持ちを理解してくれる、癒してくれる人の他に、居心地の良い、安心できる居場所やコミュニティー(=サードプレイス)を確保しておくことがお勧めです。
サードプレイスは仕事の立場を考えなくてもよい仲間や、仕事から離れて何か活動ができる仲間、また近所の行きつけのお店やジムなどでも良いですし、気の合う人がいれば仕事関係のコミュニティーでも良いと思います。

3)レジリエンスの視点で考える

最近目にすることが多くなってきた『レジリエンス』の概念も、起業家のメンタルヘルスの問題を防ぐために役に立ちます。

レジリエンスとは、逆境やトラウマ・ストレスなどの困難な出来事の後に回復する力、困難を乗り越える力、心の回復力、を表す概念です。
アメリカ心理学会(APA)は、レジリエンスを構築する方法として、以下の方法を挙げています

・人間関係を大事にすること
・グループに参加すること
・体を大切にすること
・マインドフルネスをおこなうこと
・ネガティブな抜け道(アルコールなどの物質で紛らわすこと)を避けること
・他の人を助けること
・主体的に動くこと
・目標・ゴールに向かって行動すること
・自己探求・自己発見の機会を求めること
・前向きに捉えること
・変化を受け入れること
・希望に満ちた見通しを持ち続けること
・過去に学ぶこと
・助けを求めること

このように見ていくと、「目標志向性」「前向きに捉えること」「人間関係を築き、大切にすること」「体を大切にすること」など、今までに挙げてきた方法がレジリエンス=回復力を上げるために大事なのだということが見えてきます。

起業家は本当にメンタルヘルス不調にかかりやすいのか?

働く時間も長く、プレッシャーも大きい起業家は、本当にメンタル不調にかかりやすいのでしょうか。
革新性や積極性、仕事への情熱、目的やビジョンの明確化、失敗と改善の積極的なサイクルを繰り返すこと、といったアントレプレナーシップ(起業家精神)は、ストレス耐性やレジリエンスの高さと極めて近い位置にあるようにも思います。
また、困難を乗り越えた分、成功した際の達成感や幸福感もひとしおでしょう。
起業家のメンタルヘルスのプラスの側面や、実際の不調の発症に至る機序など、これから探求が望まれる点も沢山あるように思います。

さいごに

イノベーションのジレンマ』を書いたC.クリステンセンらは、革新的なイノベーターは多様な背景や視点を持った人との出会いを精力的に求め、外部の専門家を積極的に活用する、といいます(C. クリステンセンら「イノベーションのDNA」翔泳社, 2012)。

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